Home
職人File
What's日本の仕事?
あれこれ
Link
職人File
絵馬をつくる
江戸指物をつくる
木箸をつくる
家を建てる
家具をつくる
佃煮をつくる
足袋をつくる
自転車を修理する
豆腐をつくる
花火をつくる
江戸切子ををつくる
三味線をつくる
マンホールの蓋をつくる
かばんをつくる
てぬぐいを染める
 
職人File


家を建てる
  (松永工務店) 佐藤圭

この仕事を見つけて本当によかった

「大学出てこんなとこ来るやつの気が知れねえよ」。ぽんぽんと小気味良い軽口をたたくのは大工歴15年の本間義仲棟梁(34歳)。入社以来直属で世話になってきた先輩に言葉を返すわけでもなくただ、皆の笑いに巻き込まれて笑う佐藤圭さん(26歳)は、この夏初めて棟梁を任され、東京町田に1軒の家を建てた。8月半ばに木工事を終え、取材に伺ったときには左官が仕上げをしている段階で、佐藤さんは本間棟梁が采配を振るう次の現場のために、会社の刻み場で材料の杉に墨付けし、刻みをはじめているところだった。ひと仕事終えた感想を聞くと、「ほっとしました」とはにかんだ。

入社4年。5年めに入って間もなく「棟梁」を任命されるというのは異例の早さだという。本間先輩(前出)はお茶の時間に佐藤さんをさんざんこき下ろした挙句、真顔になって「うちでは早くても5年はかかる。圭は2〜3年目のときもう大丈夫、やれると思った。回転速いし、飲みこみ早いし、若いので怒ったことがないのは圭くらいじゃないかな。いつ追い越されるかと思ってドキドキしてます」と最後にはまたちゃかし、「おい、ほめといたぞ。3万円だな」と佐藤さんに手を伸ばしていた。なごやかな休憩時間が終わるとそれぞれが持ち場に戻り、素早い動作で木に向かう。松永工務店は伝統木造建築の技術を継承し、ここにいる大工は皆、すばらしい技術を持っていると先に佐藤さんから聞いていた。その腕の良し悪しを見て取る能力は私にはないが、同じ現場を担当する数人が、杉の香ただよう刻み場内に散らばってもくもくと言葉少なに作業を分担する姿はきりりと魅力的だった。「みんな信頼しあって仕事を分担してるんで」と佐藤さんは言う。言葉は要らないということなのだろう。

仕事にまっすぐ

図工や美術が好きな子どもだった佐藤さんは、進学先を選ぶとき「どちらかといえば自分は理系、その中でものをつくるというと建築かな」、そう考えて法政大学の建築学科を選んだ。大学で学んだ建築は興味深かったが、同じ学科の友人の就職先は大手ゼネコンやハウスメーカーなどの現場監督が多く、自分で作ったほうがおもしろいと、大工に狙いを定めた。3年のときである。大学を出て大工という選択は、人から不思議がられることはあるが、自分が抵抗を感じたことは一度もない。大工をやるならちゃんとした技術のある大工になりたいと考え、4年になったらインターネットで探し出した松永工務店にコンタクトした。「じゃあ、アルバイトに来てみるか」と社長に言われるままに1年弱アルバイト、卒業と同時にそのまま就職した。アルバイトのころはゴミの片付けや材料運びなどが主な仕事だったが、先輩たちを横目で見ていると、やりたいという気持ちはますます高まっていった。当時の佐藤さんを松永賢司社長は「非常に真面目で我慢強い」と評する。すぐには仕事を教えないし、この下積み期間に意欲をなくしやめてしまう人も多いそうだが、佐藤さんの場合は「一生懸命で仕事に対してまっすぐに姿勢が向いているので、先輩もかわいがって手取り足取りなんでも教える。下積み仕事の中でも何かをつかんだと思います」。

急に不安になる

棟梁とは、建てる家の全体を把握し、スムーズに建設が進むよう段取る人である。現場に材料を搬入する前に、板図と呼ばれる板に描いた現場用の図面に基づき、柱を選び、柱を加工する指示を「墨付け」し、そして刻む。ここまでは、特に重要な棟梁の仕事である。板図は平面なのに、三次元に組み上げたとき、この大きな建築物の柱のすべての位置が合っていることはもちろん、垂直方向と水平方向の柱の接合部分の微妙な凸凹が1ミリの狂いもなくぴたりと合うよう頭の中で組立てなければならない。地図が読めない女の代表である私には想像を絶する。

「急に不安になるんですよね」。佐藤さんが言う。「自分がつけた墨が思い出せないと」不安になるのだという。「棟梁というのは自分が墨付けした木の節の位置まで記憶している。夢に見ますよ」とベテラン棟梁。「現場で組んでみて、どこも間違わずにできたっていう、自己満足だよな」「気苦労が多いですよ」。誰かがそう言った。佐藤さんという人は、にこやかで穏やかで人当たりはいいのだけれど、とにかく口数が少ない。誰かそばにいるとこのようにフォローしてくれることも多いが、何か質問すると大抵「はい」か「いいえ」で答えが終わってしまう。ライター泣かせであるが、一緒に働く人たちの評判はすこぶるいい。「頭が緻密なので棟梁として、これから間違いなく才を発揮する」と松永賢司社長は言う。先の本間先輩もしかり。「圭は口は立たないけど腕は立つんだ」。1日を佐藤さんや松永工務店の面々と過ごすうちに、口数が少ないことは、無駄なことを考えていないということなのではないかと思えてきた。話を聞けば聞くほど、佐藤さんの人生には迷いがないのである。「運? そうですね、いい方だと思います」。なんとなく選んできた道と言いながら、後悔はないし迷いもない。そんな佐藤さんにした数多くの質問の中で唯一、長文で答えてくれたのが「これから大工を目指す人にひとこと」という投げかけへの答えである。佐藤さんはこんなふうに言った。
「自分は本当に楽しくやれているので、やりたい人がいれば『やった方がいい』と言いたい。自分はこの仕事を見つけて本当によかったと思っています」。




 

 PICK UP



  大工 DATA

■ 住宅業界 :
シックハウスの問題などを経て時代は確実に伝統木造建築のほうへ向いている。(松永社長談)
■適材:
意欲を持つ人。職人は芸術家ではないので、20代前半位までに始めれば社会に通用するレベルまでは行く方法がある。ちょっと前は勉強が嫌いだと「大工にでもなるか」と言って来る人もいたが、今の時代そういう人は続かない。かえって大学や専門学校を出るなど目的意識を持つ人が成功している。(松永社長談)。

* 本文は「MEMO男の部屋 2007年11月号」 (ワールドフォトプレス刊) に掲載されたものです。
(一部修正)

 


文:舟橋左斗子
写真:柏原文恵


 MEMO

※取材時、佐藤さんが所属していた松永工務店は、現在、「(株)建築工房森の恵」となっています。
(株)建築工房森の恵
神奈川県横浜市栄区公田町1605 TEL045-890-1213
http://www.morinomegumi.jp/

 職人近況

昨年独立することになり、少しずつ仕事を受けるようになっています。1人になってやはり不安はありますが、徐々に仕事がつながってきています。また昨年から、一級建築士にチャレンジしています。今年は何とか1級をとりたいとがんばっています。(2009.2.7.佐藤圭さんより電話取材)



家具をつくる

木箸を作る

Home | 職人File | What's 日本の仕事? | あれこれ | Link
-- Copyright (C) 2008-2023 nipponnoshigoto.jp. All rights reserved. 写真や文章の無断使用を禁止します--