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かばんをつくる
  (株) 土屋鞄製造所 玉川勲

ランドセルはとても機能的で完成されたデザインであると気づいた

「最初は正直、これほどランドセルの仕事が多いとは思っていませんでした」。

アパレルの会社に勤め、商品管理をしていた玉川勲(いさお)さん(35歳)が、土屋鞄製造所に入社したのは4年前である。洋服や身につけるものが好きでものづくりが好きで、「作る仕事」をしたいと転職してきた彼にとって、与えられたランドセルの仕事は、もしかすると一瞬「アテはずれ」に思えたかもしれない。

しかし作り始めるとのめり込んだ。糊を塗るという一見単純に思える仕事も、決められた幅にうまく塗るにはなかなか集中力がいる。ミシンがけも洋服作りとは違う技術が必要だ。曲がらないように、しかも早く。やり直しのきく洋服と違って、革は失敗してミシン穴があくと商品そのものをだめにしてしまう。「難しいところが思ったように仕上がったら面白い」。パーツパーツに面白みがあるんですよと玉川さんが話すのを聞いていると「ものを作ること」が好きな人とはこういう人なのだろうと思えてくる。

作っているうちに、ランドセルというのはとても機能的で完成されたデザインであることに気がつく。その完成された商品の「この幅を少し大きくしたらいいのではないか」「ミシン糸の色を変えてみたらどうだろう」とアイデアが次々浮かぶ。完成されたスタイルの中で、どれだけ斬新なことができるかを考えるのが面白い。毎年「限定モデル」を発売する土屋鞄製造所ではアイデアが採用されることも少なくない。

最近は、ランドセルをモチーフにした大人の鞄を作ってみたいと考えるようになった。物を作りながら広がるアイデアにはきらめきがある。「子どもが6年間乱暴に使うものですから本当によく考えられているんです」。

目標は、まずはランドセルの工程が全部できるようになること、それから鞄がひととおりできるようになること、そうしたら自分の好きなデザインで作りたい‥‥‥と話しながらも、イメージしても作ってみると変わってくるんです、まっすぐと思っていても実はカーブさせて切らなければまっすぐに見えなかったり、見えないところに芯が必要だったり、何回も何回も作っていかないと思うようにはできないものです、まだまだですとはにかんだ。

あと5年の急ピッチ

土屋鞄製造所は5年前から若手の採用を始め、現在12人の若手職人(うち3人が女性)がいる。営業の渋谷志帆さんに聞くと、工程が100を越えるランドセルは土屋鞄の主力商品であるとともに、若手育成の場でもあるという。土屋鞄製造所は、日本でも指折りの技術を持つベテラン職人を抱えて仕事をしてきたが、業界全体がそうであるように高齢化し、若手育成が急務であると判断した。あと5年で作り手がいなくなってしまうかもしれない。昔は一人前になるのに10年かかったが、それでは間に合わない。今は「見て覚えろ」とは言わない。聞けば何でも丁寧に教え、昔10回失敗して覚えたことを今は5回の失敗で覚えてもらう。「職人はうちの生命線。職人育成のために販売しなければと考えています」。あべこべとも思える営業の渋谷さんの言葉は、今の時代にはさわやかに聞こえた。

今から40余年前、一人で工房をスタートさせた土屋國男(現会長)氏に、仕事のできない若手をたくさん採用するリスクはないのかと聞いてみた。

根っからの職人である会長は口数少なに2つのことを言った。「日本で一番いいものを作るという信念でこれまでやってきました」。「失敗を繰り返さなければ若い人は育ちません」。
相反するように思える2つのこと。若手にやらせれば、失敗作も多く出るのではないか。問うと会長は答えた。「ミスが少しでもあれば捨てました」。

若い人を育てるには経営者としてマイナスの覚悟が必要、という言葉を聞いたとき、海外ブランドと中国製の狭間で業界が苦しい今の時代に、この工房が急成長してきた理由を垣間見た気がした。

「うちは人に恵まれている。就業後に若手有志で集まって勉強会をするほど熱心な人ばかりで」と会長は言うが、職人と会社、互いが思い合う気持ちが呼応しあう風景を見る思いがした。玉川さんも入社して間もなく自宅用鞄ミシンを買ったが、勉強会で学ぶことは多い。勉強会にはベテラン職人も出てくれ、若手陣の自由な作品作りを指導してくれている。





 

 PICK UP



 鞄職人 DATA

■ 給与:
鞄業界は通常、鞄1本いくらの工賃制だが土屋鞄では給与制。ただし未経験者はアルバイト(時給850円〜)から。(土屋鞄の場合)
■ 求める人材 :
職人には「ものを見るセンス」が必要。これはもって生まれた天分。しかしセンスがあっても、他人にできない努力をしないと結果は出ない。それらを見極めるため入社時には技能テストを行っている。(土屋鞄会長談)
■ 鞄業界 :
海外ブランドと海外低価格品の間にあって業界は苦しく縮小傾向にあるが、新しい戦略で伸びを見せる会社も少なくない。早期からネット販売に力を入れる土屋鞄もそのひとつ。


* 本文は「MEMO男の部屋2007年5月号」 (ワールドフォトプレス刊) に掲載されたものです。

 

 SHOP DATA

■ 土屋鞄製造所工房併設店
東京都足立区西新井7-15-5 Tel:03-5647-5123
営業:10時〜17時 火曜定休 臨時休業あり 工房見学随時 鎌倉店もあり
http://www.tsuchiya-kaban.jp/

ショップ写真は2007年春のものです。現在は移転して、写真とは異なります。

 

文:舟橋左斗子
写真:柏原文恵



 職人近況

現在は、職人としての勉強に励むと共に、良い素材を見極める目を持つために材料(革など)の仕入れを担当しています。革屋さんへ通い話を聞く中で、素材に対して知識を深める機会を貰えています。また、私生活で子供が生まれたこともあり、よりランドセルへの愛情や想いが深くなっている毎日です。

( 2008/4/26 玉川勲さんより)


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