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木箸をつくる
  大黒屋 丸川徳人

馬鹿にならないとできない仕事だと思う

誰でも靴は履いてみて買うでしょう、靴は、寸分違ってもいやなのに、毎日何度も使う大事な道具である箸をなぜ握ってみて買わないのか。大黒屋主人、竹田勝彦さんにそう言われてはっとした。確かに足と同様、手は、形も大きさも、また指の形や動き方まで人それぞれ。ある意味、足よりも敏感で個人差もずっと大きい。「うちの箸はショーケースの中に入れておいても売れないんです」。主人はそうも言った。箸は柄で選ぶもの、そう思い込んできた消費者にとって、柄もなく、握ってこそ良さがわかる大黒屋の木箸は一見、地味に見えるかもしれない。食器問屋の営業で全国を回っていた竹田さんが45歳で独立して職人の道に転向したのは、仕事でありとあらゆる箸を見てきたにもかかわらずしっくりくる箸に出会わなかったせいである。木材が上がる深川に近い墨田、葛飾は昔から木箸の産地で、職人は数多くいたが、竹田さんの伝えるイメージ通りにつくってくれる人はいなかった。やりたいと思えば不可能はないというのが信念の竹田さん。40代後半にして箸職人となった。今や各方面で話題の大黒屋の「江戸木箸」の歴史はここから始まる。

七角削りの箸

「人間、ちょっと馬鹿にならないと、この仕事はできないかもしれません」。大黒屋の箸職人、丸川徳人さん(30歳)はそう言って笑った。

丸川さんがこの仕事に出会ったのは、たまたま結婚した女性がこの家の娘だったせいである。山形の高校を出て千葉の印刷会社で働いていた20歳のとき、結婚の話をしに竹田家を訪れるうち、木に囲まれた素朴な仕事にどこか惹かれた。「都会に来たのになぜか懐かしくて」。印刷職人の仕事も好きだったが、箸の話を聞いたり見たりするうちに「自分もつくってみたい」と素直に思うようになったという。「口下手なので、もともと職人への憧れも持っていました」。若かった丸川さんは、やりたいという気持ちだけでこの道に飛び込んだ。ただ、「変な自信」はあったのだと言う。今まで、何をやっても一番にはなれなかったけど、二番か三番にはなってきた、そういうタイプだったから。

仕事を始めると、のめり込んだ。どんどん難題が降りかかってきて、それを次々クリアしていく毎日。丸川さんにとっても新しいことの連続だったが、大黒屋にとっても初めてのトライアルも多い。ともに道を切り開いてきたといえるのではなかろうか。

たとえば、最近丸川さんが力を入れている七角削り。東京の木箸は、胴張り型という断面が四角のものに限られていたが、まず角を削って八角にすることで丸に近いが滑らない握りやすい箸ができた。その後、指の数は奇数なのだからと五角の箸をつくってみると実にぴたりと手におさまりよいことに気づく。さらに奇数の七角にトライ。すると、「五角の良さと八角の良さを併せ持ち、手にとてもしっくりくることがわかりました。もし持つ人に合わせてつくれるなら、どんな人にも合う箸なのでは」と丸川さん。しかし360度は7で割り切れない。「まさしく手でなければできない」もっとも手のかかる仕事だった。手がかかろうと難しかろうと、社長が次から次へと出してくるアイデアにお客さまの反響があると、まとまった数をつくらなければならない。そこは丸川さんの役割である。今や大黒屋の箸は200種近くあるのである。

ちなみに箸は通常100膳〜300膳の単位でつくるというが、1膳(2本)なら誰にでも何とかできるという。しかし、50膳をまったく同じ形につくり上げるには相当な集中力が必要だ。大黒屋の箸はすべてではないが、細い箸先まで五角や七角が続く。箸の頭から先にいたる微妙なカーブこそが握りやすさ、そしてつまみやすさの鍵となる。私にはまったく同じに見える箸が、丸川さんには、大黒屋の3人の職人のうち誰がつくった箸か一目でわかるという。それほど微妙ながら特徴のある形を50膳、まったく同じに削り上げる。さらにそれを100膳まで高めるのが大変だったと丸川さん。「50膳つくる2倍の時間がかかるなら50膳ずつつくった方がいい。手を落とさずスピードを上げてこそプロの仕事というものだと思います」。箸職人となって約10年。今、最大1000膳までは可能だという。

「忙しくなり数が増えてくると、疲れや飽きを感じたときに『ま、いいか』と人間は思うもの。でもそこに小さな妥協が入ると、すべて崩れてしまう」。だから、ちょっと馬鹿にならないと、と言って丸川さんは笑う。実は一度だけ、暮れにものすごく忙しく追われていたとき、「これでもいいか」と心が緩んだことがある。すると漆の塗りが上がってきたとき社長から「傷があるからやり直してくれ」と言われた。ある意味、「自分でわかっていた」。後で異様に腹だたしくて、そのときの自分の感覚が許せなくて、もう二度とやらないと心に決めたという。「唯一、後悔していることです」。丸川さんはそう言った。

右が丸川さん。左が社長。奥が日本料理の板前から3年前、34歳のとき箸職人となった竹田幸弘さん。取材中、学校帰りの小学生が「こんちは〜」と訪ねてきた。子どもにも興味深いらしくときどき来るという。竹田さんは「殺伐とした今の社会で、もっと大切にすべきことがある」と、仕事の手をとめて子どもたちと話す時間を大事にしていた。こんな工房が近所にある子どもたちは幸せだ。

興味深かったことは、極度に繊細なまさに職人技といえる仕事をしていながら、大黒屋は、次々と新しい商品を生み出しているという点である。丸川さんは「職人とは、伝統の技法を受け継ぎながら、今に合ったものをつくり出す人」だと言う。「伝統の技法を使って、昔と同じものをつくり続けている人」は丸川さんの思い描く職人ではない。

最後に「丸川さんにとって箸とは」と聞いてみると「自分を表現できる唯一のもの」と返ってきた。人づきあいはもともと苦手、これがないと困ってしまう、と笑う。「箸を見て、どういう人がつくってるのかなと思われたいです」。そして「いつも一番になれなかったけど、箸では一番になりたいです」とはにかんだ。

 





 

 PICK UP


 
丸川さんが今力を入れている七角削り箸。8400円(紫檀)。箸先まで七角が続くきりっとした姿が美しい。

 

  木箸職人 DATA

■ 箸業界 :
プラスチック製や海外の低価格の箸が増え、量だけは氾濫している。しかしそうなるほど、こだわる人も増え、これからもこだわりの箸は確実に需要が増えていくと思う。(大黒屋社長、竹田勝彦氏談)。
■木箸職人に必要な資質 :
同じことを朝から晩までやれる持続力。集中力。そして感性。(同竹田勝彦氏談)。
■新人採用の可能性 :
会社を大きくしたいと思っていないので、今はない。でも本当に箸が好きで、つくれる人が現れたときには、断るつもりはない(同竹田勝彦氏談)。


 SHOP DATA

■大黒屋
東京都墨田区東向島2-3-6 TEL03-3611-0163
工房に隣接した工房ショップではさまざまな種類の木箸が一同に見られる。そのほか全国の取引きある専門店でも購入可。「江戸木箸」は大黒屋の商標登録。大黒屋の箸は折れたり傷ついたりすると数百円で修理も可。
http://www.edokibashi.com/


 

* 本文は「MEMO男の部屋 2008年4月号」 (ワールドフォトプレス刊) に掲載されたものです。

 


文:舟橋左斗子
写真:柏原文恵

 

 職人近況

私の方は相変わらず日々もくもくと、箸を削っています。それと新商品も幾つかできたので、ぜひショップの方に足を運んで下さい。(2009.3.26.丸川徳人さんよりメール)

 MEMO

昨年11月発売の新商品「究極相棒箸」は、近年人気の小さくなるマイ箸の大黒屋バージョン。五角、七角、八角箸のジョイントは考えただけでも難しいが、4年間の試行錯誤の末、完成した。



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