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自転車を修理する
  サイクルピット  足立泰則

自転車修理なら自分の方が絶対いい仕事をする

「もしもし、サイクルピットです! どうなさいましたか?」
次々とかかってくる電話を受ける足立泰則さん(36歳)の声は軽快である。
「こぐと重い? いつごろからですか? 空気は入れましたか? ガリガリ音が出る? いつごろからでしょう?」
自転車の症状を簡単に聞いて、メモを取る。電話を切った後、「さあ、このなぞなぞを解くのはちょっとむずかしいぞ~」と言って楽しそうに笑った。

サイクルピットは、自転車の各種トラブルに、電話1本でかけつけてくれる自転車の出張修理専門店だ。電話をかければ基本的に当日、小回りのきく車に修理道具を積んで駆けつける。車はかなり細い路地でもスイスイ入っていけるほどコンパクトだが、修理工具に約400の部品まで積み込まれていて、ちょっとした自転車店より品揃えがよさそう。

ところで、「ガリガリ」という表現が意味するものは多少難解なのだと足立さんは言う。「ガラガラ」とか「シャカシャカ」と言われると、ほぼチェーンのトラブルと推定できる。「ベアリングかな~」……そんなひとり言を言いながら客先に向かう足立さんに同行させてもらった。

「重い」というのは想像通り「エア抜け」つまり空気が抜けているせいだった。空気の入れ口にあるバルブが少々痛んでいた。空気を小まめに入れる人ならそのままでも良かったが、そういう習慣のない人だったのでバルブの交換を勧めた。前後で400円。 そして「ガリガリ」の方も予想通り、ベアリングが錆びて砕けているのが原因だった。「読みがぴたっとあたると気持ちいいです」。足立さんの笑顔が少年のように得意げだ。 ベアリングというのは車輪の軸部分に入れてある小さな玉のことである。この玉を取り出し、新しい玉に入れ変えて2500円。ラチェットと呼ぶナットを回す道具を、車輪の右側、左側、と交互に手際よく動かしながら、本体からあっという間に車輪を取り外し、目にもとまらぬ速さでバラバラに分解すると、直径1㎜か2㎜の小さな玉をグリースを使って人差し指の上に乗せてはめ込んでいく。玉が納まると、またパパッともと通りに組み上げてしまう。あんなにバラバラにしたのに、その間わずか10分程度。手早さに見とれた。
  「僕くらい手をかける修理屋さんは多分ないと思いますよ」。またその笑顔が少年のようにほころんだ。

需要は確実にあると思った

足立さんが自転車の仕事を始めたのは15歳のころだ。「じいちゃんが始めたチャリンコ屋」を手伝ってくれと言われるままに手伝った。当時店は大変な忙しさで、家を出たかった足立さんには渡りに船。住み込みで働き始める。とにかく忙しいので、「早く」そして「正確に」と要求され、燃えた。そのチャレンジの面白さと「ここにいれば食える」という魅力。一番柔軟な年齢をひたすら自転車に向き合って大きくなったせいだろうか。自転車修理なら他の人より自分の方が絶対いい仕事をすると確信するほど腕を上げた。

20歳のとき、新しく出す店を任された。燃えた。販売をメインに、修理、そして出張修理も、買ってくださった人へのフォローとして始めた。チラシを作ってポスティングしたり、バーコードで商品管理したり、店の中でできることは全部やった。その結果、出店1年目から3千万を売り上げた。

学歴と頭の良さは比例しない。取材に回っているとそう感じることがたびたびある。足立さんもいわゆる「中卒」だが、探究心が旺盛だし、集中力があるし、必要を感じればやり遂げる力がある。バーコードによる商品管理も、現在は、独学でプログラムを自分で書き上げ、1400を超える細かな部品にバーコードをつけて完璧に管理する。

運転中にかかって来る電話はハンドフリーのイヤホンマイクで応対、ICレコーダーに録音。入った仕事、これから向かう行き先等は、別ルートで動き回っているスタッフに携帯メールで連絡。無駄な時間を省くシステムが作られている。統計をとって効率を上げるなど「こういうことを考えるのは好きなんです」と足立さん。スタッフの給与に関しても、独自の「歩合給システム」を作り上げている。

祖父の店を出てから、塗装屋、コンピューター会社に務めたこともあったが「自転車をきちんと修理できる人は少ない」「たとえ修理の腕を持つ人がいても、遠ければ頼めない」と感じ、出張修理の需要は確実にあると確信してサイクルピットを創業したのが1999年。年末に餅も買えずに家族で泣いた年もあったが、8年を経て、今はある程度順調に支持を得ていると感じる。修理の依頼の半数以上はリピーターだ。足立さんの確実な修理の様子やお客様への丁寧な対応を見ていると、販売を主にして強気になりがちな自転車販売店が多い中、繰り返し頼みたくなる客の心理はよく理解できた。

現在、足立さんの課題は後継者の育成。これまでアルバイトや同僚と仕事しながら、人を育てる難しさをひしひしと感じている。また、十分な給与が手にできるように、この仕事を育て上げることも目標である。そうでなければいい人材も来ないし、業界の将来を考えれば避けては通れない。足立さんは腕の立つ職人であるとともに、客の話を聞き問題点をつきとめ解決策を話し合うコミュニケーション力に優れたカウンセラーであり、そして経営者。今は難題を抱えているが、この山を乗り越えることができればサイクルピットは、規模、実力ともに大きくステップアップするのではないか。そんな気がした。




 

 PICK UP



 自転車修理職人 DATA

■ 業界 :
自転車は日本では成熟産業であるが、環境・健康志向で関心は高まっている。自転車業界は、安売り志向のチェーン店や量販店に押され、町の自転車店は減少傾向だが、出張修理業は新しいひとつの市場を作りつつある。「需要は絶対あるので業界として確立していくと思う。ただ経営を成り立たせるにはマネジメント力が必要」と、足立さんも模索中。
■適材:
臆病な人。自分の修理にミスがないかと常にびくびくしている人の方がいい修理をする。自分も常に自信とびくびくの間を行ったり来たりしている(サイクルピット足立さん談)。
■待遇:
基本給として日給7500円からスタート。独自の歩合給制を導入。優秀な人は入社2年目で月収50万近く稼ぐこともある。週休1日。(サイクルピットの場合)

 SHOP DATA

■ サイクルピット 
東京都杉並区井草2-15-17-1F TEL:0120-77-3196
http://cyclepit.com/
出張エリア:練馬区、杉並区、中野区他 am9:00~pm8:00(日祝は~pm7:00) 年中無休



* 本文は「MEMO男の部屋 2007年12月号」 (ワールドフォトプレス刊) に掲載されたものです。

 


文:舟橋左斗子
写真:柏原文恵



 職人近況

店舗営業も始めようと計画していたのですが、おかげさまで出張修理の方が忙しく、なかなか進んでいません。内部的には、激しい価格変動に対応するため新しいシステムを開発中です。市場価格にリアルタイムで追従していくことが重要です。部品の価格が、2年前の2~3倍になっているものもあるのです。それでも販売価格が上げられないものもありますので、内情をスタッフが認識し、必要に応じてお客さまにも説明できるよう、体制をつくっていきたいと考えています。
(2008.11.18.足立泰則さんに電話取材)



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